PROPS プロトーク [第1回]レビュー 「縮小社会における未来予想図の描き方」
PROPS プロトーク [第1回]レビュー
縮小社会における未来予想図の描き方
執筆者:吉永健一(建築家)
●PROPS プロトークに参加した理由
PROPS プロトークとは主催者によれば「建築や不動産、ITや社会起業などの立場の異なる実務者が共通の言葉をさぐる、業界横断型のトークイベント」とのこと。
高度成長期には明らかにあったように思う「共通の言葉」。今日、あらためて必要なわけはたとえば縮小していく社会(高度縮小期?)のように高度成長期以上にそして前例のない課題に建築も不動産も政治も人々も同じ課題に取り組まなければならないからだ。
あなたとわたしがそれぞれの分野でおいしければWIN-WINの関係でよしとする異業種交流会を超えて、自分達の立っている社会全体をWINさせようとする姿勢をPROPSプロトークには期待したい。私はそう考えてトーク会場に足を運んだ。
●第1回PROPS プロトーク、テーマの狙い
さて、第1回PROPS プロトークはデザインイベント「DESIGNEAST03|状況との対話」の中で開催された。建築・不動産イベントがデザインイベントの中で行われるのは興味深い。デザインの世界からも自分達が活動するまちや住まいがどのようになっていくかは気になるところだろうし、DESIGNEAST03今回のテーマである“状況との対話”はまさにPROPS プロトークのあり方そのものずばりである。
そして今回のテーマ「ソーシャル・ローカル・ビジネスー都市の”いい建物”を活用する仕事ー」が大阪で開催されたのも意義深い。ひとつは大阪がまさに“ローカル”であることそして、大阪にこそ“都市の”いい建物”を活用する” 船場アートカフェやビルマニアカフェなどのユニークな事例があるからである。
ここでいう“いい建物”とは歴史的な建造物、市民に愛着をもたれている建造物、そこまで行かなくてもどこか味があってポテンシャルがありそうな建造物である。まちの“いい建物”を保存しようとする動きは昔からあるが、その中でも保存と活用がセットとなった動きが多く見られるようになってきた。いい建物が残る、まちが活性化する、となればあちらこちらで行われてもよさそうなものだが、いい事例が限られているということはそこになんらかの障害があるのであろう。そろそろプロジェクトにかかわるであろう業界の人たちに意見を聴き、問題となるポイントを洗い出し、精神論ではなくドライに事業として問題点をひとつひとつもみほぐしていく機会が必要である。建築家の見識はもちろん、事業としての不動産の見立ても必要であるし、個人的な“思い”からスタートすることが少なくない保存活用を事業につなげるには社会起業の視点は参考になるだろう。
今回の登壇者三人はまさにそういった顔ぶれだった。先にふれた大阪の事例の中心人物であり建築家の高岡伸一の話題提供を元に、三井不動産の篠原徹也が不動産屋としての立場で、西田亮介が社会起業の研究者として絡み合うことで「共通の言葉」の発見が試みられた。
●「新しい指標」「仕事にすること」
高岡氏の活動のユニークさのキーワードは「ビルの魅力を褒める(説くではなく)」「ビルオーナーを味方につける」「誰が来ても楽しいイベントを開催する」「建築外のファン層をつかみ顕在化する」。どうやって残していけばいいか一人で悩んでいた“いい建物オーナー”同士をつなげるシンポジウム、船場地区の近代建築や戦後ビルを会場にしたイベントの開催、リトルプレスの発行(ついには写真集を出版)、シェアスペースとして実際に借りて活用、そして芝川ビルのようにオーナーが建物の魅力を再認識しオリジナルの形に改修しなおす事例が紹介された。
建築の中心から建築的価値を叫ぶのではなく、外堀からじんわりとその魅力を浸透させていく数々の事例はまさに成功事例ではあるけれども課題もある。例えばこれらの活動はボランティア的に関わる建築好き、まちの活性化に取り組む大学、粋なビルオーナーの協力と行政の補助金で支えられている。逆に言えばオーナーの代替わりや大学の支援の具合、補助金に左右されない体制に今後していかないと継続的な活動にならないし、同じ課題を抱えるケースに適用できる一般論にはならない。三人のディスカッションではその解決方法として「“いい建物”の価値を経済的に説得できる新しい指標の必要性」と「自立的な事業にするために“いい建物”の活用を仕事にすること」の二点が話題となった。
まず“いい建物”の新しい指標ついて。イギリスのエリアレポート(※)のように定性的評価を今の日本で行うことは難しいが、まちへの人口流入、売り上げ額増減などを定量的に分析すれば賃料に対抗できる評価基準とできるのではと篠原氏、西田氏からアドバイスがあった。そして、建物には経済的な価値だけではなく美的歴史的な価値があるのは確実であり “いい建物”には差別化戦略という点でアドバンテージがあるとの意見もあった。
二つ目の“いい建物”の活用をお金のもらえる仕事にできるかについては篠原氏、高岡氏とも悲観的な見解を示した。一方、西田氏は社会課題をビジネス的に解決するソーシャルビジネスとして事業化できるのではないかと病児保育を手がけるNPO法人フローレンスを例に、その可能性について語った。事業化に高岡氏が否定的になっている理由の一つはビルオーナーサイドに金銭と作業的負担が少ないことが今までの活動の前提となっているから。たしかにオーナーに負担を強いるような事業化は簡単ではないだろう。しかし活用自体ではなく不動産マッチングは可能性としてあるのかもしれない。高岡氏によれば “いい建物”ならば例え古くても入居したいという人が多い一方、自分の建物には人に貸す価値がないと思い込んでいる“いい建物”オーナーもまた多いという。オーナーにビルの価値を再認識させ、ユーザー予備軍とオーナー間を取り持つマッチングは事業になるかも、と高岡氏は語っていた。希望が持てるビジョンである。
●「都市の“いい建物”を活用する仕事」のための議論は続く
今回のPROPS プロトークでは「都市の“いい建物”を活用する仕事」の必須条件としてとして『いままでの不動産価値とは違うあたらしい指標』と『ボランティアではない継続的な事業』が「共通の言葉」として浮かび上がってきた。そしてこの二つを日本で実現させることの可能性/不可能性について意見が交わされたのは収穫だった。
トークショー本編はその後、建築家の役割の話に移ったところでタイムアップとなった。正直まだまだ議論を続けて欲しい感はあったので、以後も機会を設けて今回の話をもっと掘り下げて欲しい。回を重ねればそこに活用のスキームが浮かび上がってくるだろう。例えば、会の途中で話題となった、建築物を定性的に評価するイギリスのエリアマネージメントについては日本でそのまま適用できないとはいえ新しい指標の事例として関係者に話を聞いてみたい。また、スライドの中で高岡氏が紹介していた古い建物の外壁を残して付加価値を高めたマンションデベロッパーの話も聞いてみたい。建築家とソーシャルビジネスの関わりについては西田氏からもっと話を聞きたかったし、フローレンスの方の話も聞いてみたい。あるいは“いい建物”を具体的に設定してその活用について皆でディスカッションするというのもいいだろう。各実務者がフラットな立場で語り合うこの場を単なる交流の場にとどめてはいけない。
※イギリスのエリアレポート
都市環境の質の向上をめざして1999年に設立されたイギリスの行政機関「CABE」によって発行されているレポートのこと。
2012年10月25日