PROPS プロトーク[第4回]レビュー「住宅市場の不透明性と多様性、そして新たな共同体へ」
PROPS プロトーク [第4回]「マーケティング・レイティング」レビュー
住宅市場の不透明性と多様性、そして新たな共同体へ
執筆者:白石 卓央(企画・開発)
●建築VS不動産
近年、「建築」がネット上で話題になっているのを見かけるようになった。建築をめぐる議論には、景観に関するものや、歴史的建築物の保存・解体問題などが挙げられるが、そうした中に、建築家の設計した建築(作品)に対して「不動産の視点」から批判が加えられるのを見かけるようになった。つまり、作品と呼ばれるような建築に対しては、これまでにも「住みづらそう・使いづらそう」といった消費者視点の――ステレオタイプな批判が加えられていたが、収益性・採算といった経済的な視点や市場からの評価が加えられることによって、作家性と経済性の二項対立のような論争(炎上?)が起こるのが、今日的な状況であるように捉えられる。
●PROPS プロトークとは?
立場が異なればものの見方が異なったり、話が通じないということは、どのような分野・組織でもいえることだと思われるが、建築・不動産に関しても、その間には深い溝が生じているようである。私自身も、その「溝」について関心をいだいていたが、そうした問題を考える機会として、「PROPS プロトーク」を興味深く捉えていた。PROPS プロトークとは、建築・不動産業界を中心とした、土地と建物をめぐる業界横断型のトークイベントで、実務者をゲストに迎え「分野を超えたコミュニケーションの場」を作り、「共通の言葉をみつける」という目的のもとに行われているものである。
PROPSの2012年度のテーマは、「ネクスト・マーケット」。第2回では開発という大きな市場に対して会社がどうあるべきなのかをテーマにしたが、第3回ではみんなの「しごと」の話である。個人のキャリアをワインに例えると、熟成されたワインの樽は市場に出回り、キャリアコンサルタントというバイヤーによって買い付けられると司会の納見氏は冒頭で指摘した。キャリアは属人性が高いため、市場の評価やマッチングも課題となる。
●不動産業界=マーケティング/建築業界=レイティング
全6回のPROPSプロトークの4回目のテーマは「マーケティング・レイティング プロに聞く”よい”建物が、真っ当に取引されるしくみ」である。司会者によると、同じ住宅を扱っても、「建築」の業界と「不動産」の業界の両者で、その捉え方には違いがあるという。すなわち、「建築」業界は、住宅を間取りやデザインといった「(品質)評価」の観点から捉える(=レイティング)が、「不動産」業界は、住宅をチラシ広告や建物の売りなど、「市場」からの評価として捉える(=マーケティング)、というものだ。大雑把な言い方だが、同じ建物でも「建築」業界が<虫の目>で見るのに対し、「不動産」業界は<鳥の目>で見るという違いがあるというところだろうか。
そして、“よい”建物のためには、建築と不動産の両方からの観点が必要であるということが、今回のテーマ設定の背景なのだろう。さらに、建築と不動産のそれぞれが業界ごとに閉じていることで、結果的に、ユーザーにしわ寄せが来る――司会者の納見氏は冒頭にそう述べた。
●登壇者のプレゼンテーションの要約
今回は、一般消費者の立場に最も近い“家”を対象として、「マーケティング(市場)」、「レイティング(評価)」それぞれの立ち位置と、「情報管理」の三つの側面からゲストが迎えられ、議論が進められた。
あゆみリアルティサービスの田中歩氏、UR都市機構の中田誠氏から進められたプレゼンテーションは次のように要約できるだろうか。
田中歩(市場・マーケティング)
あゆみリアルティサービスの田中歩氏は、賃貸物件のチラシを例に挙げ、不動産の情報は、駅からの距離、築年数、価格などが掲載されているが、これらの画一的な指標だけでその価値を十分に評価することができるのだろうか?と、賃貸市場の指標に関する課題を指摘する。ほかにも、住宅売買における“両手取引”の課題をはじめ、不動産流通市場に関する様々な問題点が指摘されたが、いずれにしても、この市場において「”よい”建物が、真っ当に取引されるしくみ」が成立していないということは、議論の前提として会場に受け入れられたように思う。
加えて、田中氏が自らの経験を踏まえて述べた「住宅」市場に関する特性は、事業系不動産と住宅との取引の違いを考える視点として興味深く捉えられた。田中氏自身はかつて信託銀行で法人向けの取引を行っていたが、法人取引ではプレイヤーが限定的であり、取引を行うプレイヤーの調査能力も高いため、取引に関する問題は大きくならない。しかし、それから中古住宅売買市場や賃貸市場に携わるようになり、プレイヤーが一般の消費者となると、取引を行う両者の持つ情報が非対称であることから問題が表面化する、という事業系不動産との違いについて述べた。
中田誠(評価・レイティング)
UR都市機構で団地の建替え等の設計に携わる中田誠氏からは、UR都市機構による「団地」ストックの改修に関するプロジェクトが紹介された。昭和40年代を中心に大量に供給されてきた「団地」は、ハード・ソフトの両面から住棟全体を改修再生するプロジェクト「ルネッサンス計画」や、無印良品とのコラボレーションによるリノベーションなど、民間の力も活用しながら、現在、新たな賃貸住宅の形を模索しているという。
福井信行(評価・レイティング)
ルーヴィスを設立し、年間数十件のリノベーションを手掛ける福井信行氏は、中古家具のバイヤー兼メンテナンスとして働いていた時に、「古い家具は直せば売れるのに、なぜ、古い不動産は売れないのか」と、家具と住宅の違いに疑問をおぼえたという。
福井氏は「人口が減り、空き家が増えてゆく中で、そのことが明るく捉えられるとよい」とも述べる。不便な立地にある古い木造アパートを、満室稼働させるに至ったリノベーションの事例からは、古い建物に手を加えたことが、消費者や経済的な評価のみならず、そのことによって周辺地域の状況にもポジティブな変化を起こす様子が見て取れた。
服部毅(市場・マーケティング)
「不動産鑑定士」という肩書き(資格)を持つ、青山リアルティー・アドバイザーズの服部毅氏からは、不動産取引や評価について、住宅のみならず、事業系の不動産を含めた幅広い視野から様々な意見が述べられた。
中でも住宅の評価については、既存の住宅について第三者が建物の診断を行う「インスペクション」の必要性を指摘する。この仕組みは日本ではまだ十分に活用されているとはいえないが、金融機関まで巻き込むことで、その仕組み化を図れるのではないかという指摘は、建築でも不動産でもない、第3の分野を加えることで状況の打開を図るという新たな視点を示唆するものであった。
野々村範之(情報管理)
サンゼロミニッツの野々村範之氏は、登壇者の中で最もエンドユーザーの立場に近いといえるだろう。もともとプログラマであった野々村氏は、「徒歩○分」といった従来の賃貸サイトでの指標だけでなく、周辺飲食店の充実度やスーパーへの近さといった新たな指標で住環境をチェックできるサイト「周辺環境スカウター(http://chintai.30min.jp/site/check/)」を立ち上げている。
「周辺環境スカウター」は、これまでの不動産価値とは異なる新たな指標として、画一的な基準を脱却し、多元的な基準を模索する実践的な取り組みとして興味深く捉えられた。
●住宅市場の不透明性と多様性
今回のPROPSでは、建築と不動産、そして情報管理という異なる立ち位置からゲストが迎えられ、不動産市場、とりわけ住宅市場における議論が展開されたが、まず、売買・賃貸に限らず住宅取引の仕組み・商習慣が旧態依然であることが問題意識として共有されたということをあらためて確認しておきたい。
このような状況に対して、田中氏や服部氏の「マーケティング」の立ち位置からは、鑑定やインスペクションを加えてゆくとともに、不動産の情報を発信し続けることで市場の「透明性」を高め、消費者にも判断できるようになることが望ましいという方向性が提示された。
それだけではなく、「不透明さを突いて面白いことをしている」と司会者の平塚氏が指摘するように、今回のPROPSで紹介された様々な事例が、不透明である現状に応じた(「突いた」)取り組みであるということは、私にとって新たな気付きであった。不透明であるがゆえに「多様化」してゆく世界の中でのポジションのとり方が示されていた、といえるだろうか。
福井氏の手掛けるリノベーションの事例は、これまでに見向きされなかった市場を突くという、住み方の多様な価値観の一端を提示しており、そうした流れを、UR都市機構という「日本最大の大家」も進めているということからは、住み方や価値観の多様性に立脚した、新たな市場が切り拓かれている様子を見てとれる。加えて、野々村氏の手掛ける「周辺環境スカウター」は、不動産評価の指標の切り口を変えることで、新しい多様な価値観を見出している。
そしてこれらの取り組みは、一般の消費者に対して、<多様な選択肢が生まれゆく中で、既存の概念にとらわれず、自らの住み方を主体的に選択してゆくことが重要性を増してゆく>というメッセージであったようにも思われる。
●新たな共同体へ
最後に付け加えるならば、不動産や建築に関する今日的な課題を乗り越えるために、不動産に関する分野の違いを超えた、互いの能力を生かした協働の必要性について触れられていたのも、PROPSならではの特徴だったように思われる。建築と不動産の距離が近づいてゆく中で、両者の対話や協調が必要なのはいうまでもないが、互いの論理をすり合わせる――譲歩だけでは、矛盾は解決しないように私は思う。異なる分野同士が同じ仕組み、同じ市場の中で機能することを確認し、納得する。互いにプロとして立脚しながら、共同で作業を行ってゆくことが必要なのではないだろうか。それは必ずしも建築・不動産の立場だけでなく、そのほかの分野を加えた形や、分野横断型の複数の専門的能力を身に付けたプレイヤーによって打開される可能性もあるのだろう。
2013年3月22日