PROPS プロトーク[第3回]レビュー「組織や土地・建物と自分との距離を見つめ直し、自由に生きる」

レビュー/再録


PROPS プロトーク [第3回]「働き方・生き方・稼ぎ方」レビュー

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組織や土地・建物と自分との距離を見つめ直し、自由に生きる

執筆者:近藤佑子(東京大学大学院)

建築・不動産を中心とした業界横断型トークイベントPROPSプロトーク。第3回目は「働き方・生き方・稼ぎ方」と題し、第一部は転職経験者のキャリアについて、第二部は組織を飛び出し自分で活躍の場をつくることについて、それぞれ討論し、会場からの質問に答えるという形式で開催された。どうも働き方の話になると、ガツガツしたキャリア論、もしくはシェアやノマドワーキングのようなキラキラした話になってしまいがちであるが、PROPSならではの地に足の着いた充実した回となった。

●属人性の高いキャリア、市場をみる目

そもそも私がPROPSに参加するようになったのも、個人的にお世話になっており、PROPSでも司会を務めている納見さんと平塚さんたちが、イベントで何を実現しようとしているかに興味があったからだ。いつぞやも納見さんと「建築にもITの勉強会のような風通しのよい場が必要ではないか」と話をした記憶がある。第3回は、こうした風通しの良さや、PROPSの掲げる業界横断性を体現するかのような、過去最大規模のボリュームと、ゲストの多様性があった。

PROPSの2012年度のテーマは、「ネクスト・マーケット」。第2回では開発という大きな市場に対して会社がどうあるべきなのかをテーマにしたが、第3回ではみんなの「しごと」の話である。個人のキャリアをワインに例えると、熟成されたワインの樽は市場に出回り、キャリアコンサルタントというバイヤーによって買い付けられると司会の納見さんは冒頭で指摘した。キャリアは属人性が高いため、市場の評価やマッチングも課題となる。

●組織から「自由」に生きる

第1部は『転職経験者に聞く「キャリアって、結局なんですか?」』をサブテーマに、キャリア約10年のマネージャーであり転職経験者の立場から議論する。

まず初めに、キャリアコンサルタントの平野竜太郎さんより、転職エージェントの役割、建築・不動産技術者の転職状況についての情報提供がなされた。建築・不動産業の労働条件は、他業界に比べて年収が低く、休みが少なく、労働時間が長い。したがって、転職の動機も、労働環境改善が多いという衝撃的な内容であった。キャリアの築き方として、理想的には、なりたい自分をイメージし、逆算して資格を取得したり経験を積んでいくのが望ましいが、現実には出来る人は少ないという。平野さん自身の経験からも、こうした問題に対して常に悩みながら取り組んでいる印象を受けた。

内藤滋義さんは、ITを利用した発注システムの構築、外資系企業での経験などを経て、現職でコンストラクションマネジャーとして改めて建設の現場に関わっている。内藤さんは、自身のキャリアについて、キャリア形成はあまり考えず流れに乗った感じだった、と語る。任された仕事を何でも抵抗なくやっていくうちに、なんとなくやりたいことが形成されていったという。

大久保慈さんは、10年以上フィンランドに滞在し、留学し学びながら建築設計事務所で設計に携わってきた。学業などの都合で転職も度々経験したが、お話から伺えるフィンランドの働き方に対する意識や転職のスタイルは、日本とは大きく異なるものだ。例えば、フィンランドの設計事務所は、人の流動性が高く、転職の際も建築家組合によるバックアップシステムが充実している。

高杉義征さんは、不動産売買仲介営業、賃貸営業、賃貸管理業、プロパティマネジメント、アセットマネジメントと職種を変えながら不動産業界に幅広く関わるも、燃え尽き症候群になりやめてしまったという。宅配業者で働きながらフリーでWebの仕事をしつつ、腰を痛めて辞めた30分後に現職の横浜スタイルに加わった。webに強いことを周囲に発信していたことから業界にも知られるようになり、それがフリーでの仕事や現在につながった側面もあるという。

三人の転職経験者の話を聞く中では、「キャリア形成」もしくは第1部のキャッチフレーズでもある「履歴書を鍛える」という言葉にある、計画的にキャリアを築くイメージとは裏腹に、とても自由に状況を乗り切っているのが印象的だった。さらに、三人の共通の特徴として、他人と違ったことをやる、ということがあげられるのではないか。つまり、内藤さんが、他の人がやりたがらないことを積極的にやり、いろんなことをやるうえで価値観が形成されたこと。大久保さんが、「私しかできないこと」に対して強い使命感を持ち楽しんで取り組んだこと。高杉さんが、趣味でやっていたWebの知識が現職につながっていること。また、「何が出来る」「何がしたい」と積極的に声に出すことで、次のチャンスが得られたということ。こうしていくことで、キャリアにどんな転機が起こったとしても、うまく次に進むことが出来ているという。「キャリアって、結局なんですか?」というサブテーマの問いに対して、私は、目的意識や計画を頭でっかちで考えるのではなく、現実を見てインタラクティブに反応しながら、組織から自由にサバイブする転職者像が頭に浮かぶ。

●土地と建物を「自由」に生かす

第2部は『キャリアを活かす、仕事の”場”をつくる』をサブテーマに、組織を飛び出して個性的な仕事の場、コミュニティをつくった立場から議論する。個々人のキャリアの作り方もさることながら、場の作り方への関心が高まった。

コクヨでワークプレイスの研究をされている山下正太郎さんにより、組織として場を活用している事例の紹介があった。例えば、LiquidSpaceという公共の開いている場所を借りたりシェア出来るサービスにより、中規模な会社はオフィスを構える必要がなくなったこと、全てをクラウド上の記録するサービスであるEvernoteのオフィスは、サービス内容を体現するかのような壁一面のホワイトボードや、他部門の人と積極的に交わるような座席配置、オフィスはずっと作りかけの雰囲気を残すなど、企業のカルチャーと場所が密着していることが伺える。

NPO法人NEWVERY理事・事務局長/トキワ荘プロジェクト・ディレクターである菊池健さんは、元々ITベンチャーにあこがれを感じ、商社、コンサル、ITベンチャーを経たものの、お金のために頑張ることにあまり興味が持てなくなり、NPOに可能性を感じて現職に至るという。トキワ荘プロジェクトでは、古い一軒家を安く借りて、若い漫画家志望者に安く貸している。住居支援のみならず、講習会や仕事のマッチングなども行っている。

株式会社ツクルバ代表取締役CCOの中村真広さんは、大学院時代の設計の経験から枠組みのデザインに関心を持ち、新卒で不動産のディベロッパーに入ったものの、リーマンショックの影響から入社1年で退職し、その後建築の“後段階”に興味を持ったのでミュージアムデザインの事務所に転職。同時に個人プロジェクトとしてカフェを始めたが、カフェのほうが面白くなり独立を決意した。現在は株式会社ツクルバを立ち上げ、クリエイターのためのコワーキングco-baやシェアライブラリーなどを展開している。

ナリワイ実践家の伊藤洋志さんは、「ナリワイ」という小さな個人事業をたくさんおこなうという個性的な働き方をしている。元々大学院で林業を研究していたが、卒業後に入社したベンチャー企業を体調を崩し退職、農業関係のライターを経て、「自分の文章能力は自分のために使いたい」と、モンゴル武者修行ツアーの企画を行ったり、学生時代を過ごした京都に自分の居場所を作るために、京都の空き家を改装して貸し別荘にするなど、自分の生活コストを下げつつ余ったものをシェアする生活を送っている。

こうした3人の事例を、納見さんは、人がフリーランス的に働くというよりは、「土地・建物がフリーランスになっている」世界の話である、と表現した。場の作り方、利益の生み出し方も既存の建築・不動産のやり方と離れて自由である。菊池さんは、トキワ荘において家賃が安いことも重要だが、同じような仲間と会えたり、自分がプロとどれだけ距離があるのかを知ることが重要であると考え、必要なことを仕掛けているからうまくいっていると考える。また、クリエイターが集まることでコンテンツなどの別の価値をも生み出している。中村さんは、co-baにおいて自らロールモデルを示すことで、設立1年にして自分が居なくても自走するコミュニティができたという。co-baをモデルとして、不動産の提案を行い、利益を生み出している。伊藤さんは、例えば限界集落の古い一軒家に床を張り、再生させるような、余っているもの、価値がそもそもなかったところに価値を作っている。その原動力は「何か面白いことがおきそう」というところにある。量で稼ぐよりは質を高めることを志向する。

第1部の流れに乗ってインタラクティブにといった印象とは対照的に、第2部ではやりたいことをしっかりと持ち、場を「自由」に生かすマネージャー像が浮かぶ。

●死なないで生きるためには

終始なごやかだった伊藤さんが最後に「適当にやっているわけではない。これからの1年間はこの能力を身につけて、出来ることを増やす、という方針はある」と話したのが印象的で、はっとさせられた。これは、資格や実務経験などを身につけ、組織の中で履歴書を鍛えていこうとする人にも通じる発想である。

組織と人、土地・建物と人との自由な関係を考える中で、個人を高めていくことは、究極的には「死なないために」重要であり、そこに生きるために大事なことがあると思う。

これからの1年間、あなたは何を身につけたいだろうか。