PROPS プロトーク [第2回]レビュー「“建築界のアノニマス”が問いかける開発のこれから」
PROPS プロトーク [第2回]レビュー
“建築界のアノニマス”が問いかける開発のこれから
執筆者:橋本祐典(鉄道会社勤務)
●PROPS プロトークの本領
ソーシャルメディアが力を持つ現代ネットワーク社会。そのただ中にあって、世の中を湧かせているハッカー集団「アノニマス」をご存じの方も少なくないと思う。その名が示すとおり、ひとつの大きな権力ではなく、顔の見えないその他大勢が世の中を大きく動かしていく。それこそが現代の有り様と言えるのではないだろうか。
これまで、建築界の主役、スターはやはり建築家であった。それに対し、PROPS プロトークの主役は実務クラスタと呼ばれる方々、つまり建築界のアノニマスと言うべき存在である。第2回目を迎えたPROPS プロトークは、その性格を前回よりも濃く、より強く特異性をアピールする場となった。
第1回目は大阪で開催されたDESIGNEAST03の中で開催されたため、今回が初の東京開催、しかも場所がコクヨ エコライブオフィス品川ということもあり、いよいよイベントとしての本領発揮といったところであったように思う。
●むずかしく、複雑なテーマに対して
今回のテーマは「開発・オペレーション〜日本の都市開発モデルは海外展開できるか〜」である。さて、この言葉を聞いて、いったいどれだけの人が”ピンと”来ているのだろう。特に、「開発」という言葉である。
地方都市における中心市街地再開発や、ローカル地域のまちづくり、ステーションシティをはじめとした交通結節点の高機能化、あるいは国土計画まで、その対象範囲はとにかく多種多様かつ規模も様々ゆえ、なかなか共通したイメージを持ちにくい。加えて関係者が非常に多く、現代では、開発事業におけるスターというべき存在が生まれにくいこともまた、構造的難解さを冗長する要因でもあるように思う。
そこで冒頭、司会者から開発を「土地・建物の所有形態が変わること」と定義付けし、「市場原理型」開発と「問題解決型」開発に分類することが提案された。
「市場原理型」は、事業主が儲けられるか否かがその主題である。90年代バブル期の海外進出失敗や、2009年のドーハショックを受け、”でっかくて重い(※)”建築を扱う開発事業を、これからどのような形態で進めていけば良いのかが問われた。
「問題提起型」の開発は、これまで時代背景に即したテーマを元に、法律を活用することにより中心市街地や地方都市の整備が行われてきたのだが、今のところ過去の成長モデルで開発手法が止まってしまっている印象との認識が提示された。
この定義は、「カイハツ」と「まちづくり」をきっちりと分離する提案であったように思う。「カイハツ」は、その対象物が巨大で、いったい誰が主導権を握って進めているのか個人レベルではなかなか掴みづらく、議論が発散しがちである。対して「まちづくり」は、どこか個人レベルでも十分に介入できる余地を感じさせるため、議論が身の回りの小さなレベルにまとまりがちになる。この両者をしっかりと分離することは、今回の議論を”逃げることなく”進めるための大きなサジェスチョンであった。
そして両者に共通している課題は、「縮小の時代に、日本の建築・都市はどのように立ち向かうか」という、実務クラスタならではの、ある種の危機感めいたものであったように思う。
※ブログ「concretism」より引用。PROPSプロトークの冒頭でも引用された。
http://d.hatena.ne.jp/Gelsy/20091108/1257635461
●課題の認識と状況の整理
PROPSプロトークは、藤村・net_heads両氏からのプレゼンテーションと、Q&A形式による議論という2部構成により進められた。
建築家の藤村龍至は「列島改造論2.0」を示し、日本の公共施設と建築業界が抱える問題を「開発」という手法を使って解決しようとする大きなビジョンを説いた。ここでは”まちづくり”の要素はほぼ介入することなく、純然たる「課題解決型」の開発手法が提示され、原発・郊外・移民・基地という国土問題を結び、海外進出の行き先までを示唆する「問いの軸」を提案する。
人口減少が進み、これまでつくり続けてきた公共施設の維持管理のための資金確保は不可能に近い。問題を解決するには公共施設そのものを減らさざるを得ない(或いは維持管理を放棄するか)。必要とされる施設が減れば、当然それをつくってきた組織も不要となり、建設業界の国内市場がパイの奪いになる。この2点が藤村氏の認識している課題である。
対して組織設計事務所に所属するnet_headsは、民鉄とJRの違いを明らかにしつつ、鉄道駅を中心とした開発の経緯と事例を紹介することで、日本固有の都市開発手法を整理した。また、海外進出の手法についてもバリエーションの実例を提示し、単発型とパッケージ型という異なるケースを例示した。前者は単独の商業店舗で投資回収を行う案件であり、まさに「市場原理型」の開発手法である。後者は都市そのものを投資回収の対象とし、多職種がチームとなって大きな母体で海外に進出する手法である。当然のことながら利益の求められる「市場原理型」開発であるが、国内にパイがないという課題に対する解決策の意味も色濃い。実例ではチームの母体と経済同友会との関係性など非常に興味深い話が飛び出した。
山下ピー・エム・コンサルタンツ川原秀仁は、登壇者の中で唯一、開発の華やかだったバブルの時代を経験している。その当時に感じた開発の状況と将来展望の乖離に違和感や、氏がなぜ現職に就くことになったかが紹介された。官から民へと自らの職を変えた経緯も踏まえ、変化する社会背景や経済状況に併せた事業体系・施設体系が必要であることを示唆する。立案から完成までの時間スパンが非常に長い開発案件について、複合的に変わろうとしている状況に対し自由に対応出来るものだけが生き残ることができる、と述べた。
アール・アイ・エーの中尾俊幸は、唯一「まちづくり」派であったのではないだろうか。「都市開発コーディネーター」という肩書きを持ち、近年の地方都市を中心とした開発戦略のバックアップを行っている。海外への進出については慎重な姿勢を見せたが、個人レベルの思惑が密接に関わる「まちづくり」こそ日本の得意分野であり、勝負出来る可能性があることを示唆した。いくつか事例が示された中でも、金沢の近江町の再開発事例は聴衆のフックに引っかかる話だったであろう。それはおそらく、大規模な再開発でありながら、観光客に受け入れられているアノニマスな“まちづくり”事例であったからに他ならないと察している。
●議論における2つの発見
今回の議論では、パチッと明確な結論に達したわけではないし、そうしたことが求められる場もなかった。それでも、議論の主題として2つのおおきな発見に辿りついたことは非常に意義深かったと思う。
ここでの1つの大きな発見は、縮小時代の国内の開発は「統廃合」に向かうという点である。
藤村氏の列島改造論で述べられた小学校への公共施設の集約という提案、川原秀仁が世界規模の視点で言及した「日本に残る価値のある施設とは何か、またその残し方とは」という言葉に合致する視点である。ステーションシティに代表される交通結節点の集中的開発もまた、高密度化による都市の再編成という統廃合であると言える。そして、この統廃合に起因する市場規模の縮小の促進。その反動としての海外進出、という新たなストーリーが描かれるのである。過去の海外進出は、どんどん儲けに打って出る「市場原理型」であったが、「問題解決型」へとその動機が転換していくというのは非常に興味深い発見であるように思う。
2つめは、開発に関わる歴史の発見である。(歴史が重要であるということへの気づき、という表現の方が正しいかもしれないが。)
今回PROPS プロトークの場は、遠くない将来の開発戦略を考える機会として用意されたが、その課題認識は社会構造や市場が変化してきた背景・海外進出の失敗といった過去の経緯を下敷きにしている。つまり、開発に関する個人の動機にフォーカスしつつも、歴史的なパースペクティブを共有しないことには話を進めることができない仕組みが巧妙に埋め込まれていたのである。開発を巡る歴史の重要性という発見は、今後の海外進出先を考えた際、単に利益に偏重した規模の大きさをその判断材料とするのではなく、日本の得意とする開発がどの規模の都市にフィットするかをこれからは考えなければならないという視点へと発展する。どの規模の開発が出来るかも重要であるが、どこで開発をするのかという視点もまた大変重要であることが認識されたことへの功績は大きい。
「官はダメ、民ががんばらないと」といった現代的ステレオタイプ思想に陥らず、踏みとどまって新しい発見を探ろうとしたところは、今回のPROPSとして大きな成果=問いかけとなったのではないだろうか。議論が発散することは事前にも予想されたが、決して逃げの議論とせず、難しいテーマに対して真摯な意見がぶつかった場であったと思う。スケールや役割は違えど扱うものは同じなのに、これまで開発事業者と建築関係者は異なる存在として扱われたきた。同じ土俵、同じ目線で話をする機会が少なすぎたのだと思う。スターには言及できない現実的で切実な問題と、それに対する誠意ある解決方法を予感させる場として、これからもこの関係性が続くことが望まれる。
2013年1月7日