PROPS プロトーク [第2回] 開発・オペレーション|討議編(2)

レビュー/再録


2012年12月9日(日) に開催された「PROPS プロトーク [第2回] 開発・オペレーション」の討議について、ほぼ全文書き起こしを公開します! 討議はPROPSの用意した質問に基づいて進めたものです。Speaker:川原秀仁、中尾俊幸、net_heads、藤村龍至 Moderator:納見健悟、平塚 桂

Q2.建築・不動産ビジネスにおける日本の十八番とは

「まちづくり」ハードからソフト
までを包含する概念
中尾

中尾――何が海外に通用するのか実際のところはわからなくて、わからないなりに回答しますが「まちづくり」ではないかと思います。「まちづくり」って、よくわからない言葉ですよね。よくわからないんですけどハードに携わる人からソフトに関わる人まで結構幅広い方に使われる言葉です。まちづくりしましょうよと。そうするとなんとなくまちができる気分になってくるというのが「まちづくり」という言葉のよい部分かなと。もちろんネガティブな面もあります。ただ行政の都市計画や施設づくりを、市民の目線へとつなげることができる言葉ではあるなと思うんです。もちろん普段仕事で接していると、ポジティブな反応を示す方もいれば、お上の仕事は関係ないよという方もいらっしゃいます。だから藤村さんが先ほどのプレゼンで示唆されたような新しい事例が生まれれば、地権者や周辺住民に対して話がしやすくなるのではないかと期待が持てますね。

藤村

藤村――すみません、日本の十八番はまちづくりということですが、これはどちらかというと中尾さんがいらっしゃるアール・アイ・エーさんの十八番という感じがします。アール・アイ・エーという組織は、かつて建築家の山口文象が住宅を大量に設計し、その中で培った企画設計という強みを生かし、70年代から再開発を手がけるようになったという経緯を持っています。しかし2000年以降、開発のスピードが落ちた関係から、他の大手企業が自分たちの十八番であった再開発という分野に入ってきたというような話を、先日アール・アイ・エーの近藤会長にインタビューした際にうかがいました。まちづくりはアール・アイ・エーの十八番であるということは言えるかと思いますが、日本の十八番といっていいのでしょうか。元々日本のまちづくりというのは7〜80年代に学んだアメリカのアーバニズムが元になっているかと思いますが、それを日本の得意といってしまっていいのでしょうか。

中尾

中尾――確かにまちづくりという観点はアール・アイ・エーの十八番といってもいいのかもしれません。近藤の発言も、地方で企画を立ち上げ全国資本のディベロッパーを呼びこむということをなりわいにしてきたことが背景にあるのかと思います。ただその時代のまちづくりと、私が今可能性を感じているまちづくりは、少し違います。現在は外から何かを連れてくるということがやりにくくなっています。これからは住民や行政が自ら新しい公共サービスなどを戦略的に進め、われわれはそれを支援するという方向に向かうのではないでしょうか。

納見

納見――少し補足いただきたいのですが、なぜアール・アイ・エーさんは地方のまちづくりにおいてブルーオーシャンを築くことができたのでしょうか。

討議の前に行われた中尾さんの自己紹介資料(計1枚)。再開発コーディネーターとしての仕事の紹介および、アール・アイ・エーのまちづくり事業を紹介。

中尾

中尾――たとえば(※)金沢の再開発事業の場合、金沢は大きな設計事務所の支社もない都市で、その中でたまたま都市計画の検討段階で市から声がかかり、弊社の古い先輩方が金沢に行って、全体構想の策定から1つひとつの事業化を手がけていった。手探りで仕事を進めながらノウハウを蓄積していったようです。もう1つは仕事がなかった時代があって、企画をして地権者の方と話をしながら事業を組み立てるということがノウハウになったということでしょうか。あまり色のついていない設計事務所だったので、いろんなことができたようです。

※金沢の中心市街地には、既存の市場と調和する商環境を再生、村野藤吾設計の建築を曳家保存により活用した「近江町いちば館」など、アール・アイ・エーによる市街地再開発事業が目抜き通りに沿って立ち並ぶ。

藤村

藤村――金沢というのはまるでアール・アイ・エーシティなんですね。アール・アイ・エーの手がけた建物が金沢の都市構造に組み込まれ、再開発というのはこんなにも街の流れを作るんだということを感じさせてくれます。そういう街は、金沢、富山、福岡、あるいはちょっと前の横浜、神戸くらいです。

民主的な合意形成
net_heads

net_heads――先ほどの藤村さんのプレゼンでプランナーという言葉が出てきましたが、地方の開発というのは結局、プランナーが全部決めてしまいます。住人からのフィードバックがない状態で事業が進んでいくんです。同じようなことは、政治制度が未発達な東南アジアの国でもいえます。上が決めたことや旧宗主国の思惑を単純に踏襲してしまう。アール・アイ・エーさんのような、都市的な視点は存在していない状況です。それに対し、日本の、特に地権者が多い都市部の再開発というのはそれなりに反対の声もあるんですが、最終的にはみなさんが概ねよいと感じるものができます。つまり日本の十八番は「民主的な合意形成」ではないかと。一連の流れが国として制度化されているのは日本のよい所なのではないかと思います。それは端的にいえば、民間でも自分で考えて開発ができるということを意味しています。

官と民の連携
藤村

藤村――官から民へと行かれた川原さんの経歴を拝見し不思議に思っていたのですが、先ほどお話を聞いてなるほどと思いました。川原さんやnet_headsさんは「日本においては官よりも民の方がパワフルである」というお考えだと推察できたのですが、私はそれらを誘導してきた官の力を考えたい。山下設計の起源は山下寿郎さんの個人設計事務所です。東大を出て、三菱地所のビルの設計などをされ、広島平和記念公園のコンペで丹下健三と対決し、二位に敗れます。丹下の勝利を機に1945年から70年頃まで、東大教授である丹下の計画のもとで、官がリードして公共建築をつくっていく道筋ができました。山下寿郎と丹下健三はその後再度、容積率の緩和にともなって誰が日本初の超高層を建てるかという時に競争をします。当時いろんな事業者が日本初の超高層の開発をしようとしていました。三菱地所を追いかける形で、山下寿郎と組む三井不動産がいました。そして丹下健三と組んでいたのが戦後生まれのベンチャー企業である電通の、築地のプロジェクトでした。電通の吉田オーナーが途中で逝去し、丹下が競争に敗れた、という話を八束はじめ先生が本に書いています。そこで山下寿郎が勝ち、霞が関ビルディングが建てられ、民の時代がはじまります。その後開発が拡大し、バブルが崩壊し、さらにインフラ崩壊、経済成長の終わりというフェイズに入りました。そこで私たちが考えるべきなのは、官と民がいかに連携できるかということだと思います。

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討議の前に行われた藤村さんによる約15分のプレゼンテーション「列島改造論2.0」では、鶴ヶ島プロジェクトも紹介された。

藤村

たとえば私が取り組んでいる(※)鶴ヶ島プロジェクトは公民連携で行われています。鶴ヶ島市が保有する34の施設は、今後50年間維持管理すると579億円かかるという試算が出ています。それに対して維持可能な予算規模は200億円くらいだから、統廃合やPRE的なことをしないとなりません。行政だけでは絶対に対応できず、民間のまちづくり的ネットワークとの協働が必要です。そこで公共施設の中で最も数の多い小学校をキーに、再編をしようとしています。その小学校と官―民の関係性に共通点が感じられるのが、鉄道です。1987年4月のJR設立で官が民になったというのはかなりの衝撃でした。その後NTTやJALなどが民営化されていきますが、あの無愛想な、改札でものを聞いても答えてくれないような組織が一夜にしてにこにこと挨拶をしてくれる会社になった。国鉄の時代は長岡駅の建設に500億円をかけていたのが、民営化したJRでは東京駅の駅ビル再開発に五百億かけるようになっている。大きな変化です。

※学生による公共施設の統廃合の施設提案を、2週間に1度の住民投票を繰り返すことでブラッシュアップしていくプロジェクト。最終的には鶴ヶ島市長や市議会議員が参加するパブリックミーティングでの決選投票、さらに市役所ロビーでの展示が行われ、行政への問題提起を行った。

納見

納見――今、日本の都市開発にいかなるものが必要なのか、という視点で3者にお話いただきました。川原さんは、海外進出という視点での戦略もお持ちだと思うのですが、いかがでしょうか。

・ものづくりに対する責任感とチームワーク
・先進技術・先進景観を躊躇なく実現できる
川原

川原――まず日本は、ものづくりの分野に強みがありますね。ものづくりが上手にできる社会構造があります。建築分野でいうと、技術者、技能者、職人、作業員といった生産体系に携わるすべての人が施主に気持ちが向かっているということですね。責任感があって、よい仕事をしようと思っている。日本では当たり前ですが、海外とは全然違います。一度契約すると複数の業者をわたるチームワークで1つのプロジェクトに向かう大きなベクトル的な力が働く。それは建築のみならず、ものづくりの分野で、ピラミッドストラクチャーとしての社会構造として完成されています。ただそうした生産体系を当たり前だと思って大手ゼネコンが海外に行くと、裾野から何から違うので失敗します。自動車産業のようにこの社会構造自体を外販できればそれこそ十八番になるのではないかと、売り出すスキームを日夜考えています。もう1つは不動産的な話です。海外から評価される日本の価値は伝統的な景観にあると思われるかもしれませんが、実はその中に躊躇なく斬新な都市機構、たとえば映画『ブレードランナー』や小説『ニューロマンサー』のようなサイバーパンク都市を出現させられることなのではないでしょうか。行政も特に反対しませんし。こういったものは海外、特にヨーロッパでは見られません。

中尾

中尾――プロジェクトの目標ができた後のチームワークの素晴らしさ、それが海外で評価されているという点は説得力があるように感じます。ただ、まちづくりのような場における課題は、ベクトルを合わせるまでのことです。邪魔をする人もいる、違う方向に向いている人もいる、そんな中でいかに同じベクトルに向いているフリをするところまで持っていくか、ということを考えています。

藤村

藤村――ものづくりの日本を社会構造ごと海外に輸出することは大賛成、むしろそれしか無いと思っています。ではそれを何と一緒に移すのでしょうか。ものづくりを輸出する際には、ものに主導させて移転する必要があるのではないでしょうか。すると新幹線がインフラ輸出のシンボルとしての性格を帯びてきます。それについて、どうお考えですか?

川原

川原――一言で言えば、クールジャパン的な事業だと思います。事業だけでもいいんですが、事業と施設を合わせ、社会構造ごともっていけないかと思っています。

藤村

藤村――コンテンツ型ということですね。